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映画レビュー > 『西幹道』 > 西幹道ティーチイン |
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| [2007.10.25 TOHOシネマズ六本木ヒルズにて] |
東京国際映画祭・コンペ部門に出品された『西幹道』。
上映終了後に監督の李継賢、脚本の李薇、主演の沈佳[女尼]をゲストに招いてのティーチインが行われました。
まずは、それぞれ一言ずつ挨拶です。
李監督>今日はたくさんの観客の方に見に来ていただけて、嬉しいです。
李薇>今日は来てくださって、そして最後まで残って下さってありがとうございます。
沈佳[女尼]>東京国際映画祭に来ることができて嬉しいです。また、皆さんに映画を見てもらえて嬉しく思っています。
続いて、Q&Aになりました。
■なぜこの映画を撮ろうと思ったのか。
李監督>この映画は94年に書き始めました。当時、北京大学の中文科にいた李薇と知り合って、それから一緒に作るようになりました。いまでも印象に残っているのは、外で石の椅子に座り、持ってきたポットと湯飲みで石の机でお茶を飲みながら、一緒に作っていたことです。当時はいつ映画ができるか想像できませんでした。
その後、社会や環境が変わっていく中で自分たちも成長し、このような映画になりました。もしこれが数年前なら、違った映画になっていたと思います。2006年に撮ったからこそ、このような作品になったのです。
■なぜこの時代に設定したのか?
李監督>二人で考えてこの時代にしました。1978年とは、特殊な時代です。文化大革命が終わって、改革開放が始まるターニングポイントであり、空白の時代でした。中国映画にとってもこの時代は空白で、これまでこの時代を扱った作品はほとんどありません。大きなものが去って、新しいものが始まるという時代を描くことは重要だと考え、この時代の家庭を通して、その孤独や愛を表現しようと思いました。
■子供を叱るところが印象的だったのだが、中国ではあれが普通なのか?
李監督>当時の農村はだいたいそうです。主人公の両親は、父親が軍医で、母親が農村出身という設定です。農村では教養もなく、子供の教育というのはあのように叩いてしつけることしかできません。
■少年が穴に落ちてもほぼ無傷なのはどうしてか?
李薇>実際には少し頭に傷があることになっています。ただ、当時の子供は犬や猫のようなもので、本能的に回避できたのだと思います。監督がこの作品に求めているのは、現代と当時は違うということです。あの頃の人々は私には理解が難しいところがありますが、良い悪いではなく、動物的に生きているというのが普通だったと思います。そういうことを表現しています。
■パンフレットには載っている雪雁の踊りの写真が、映画にはなかったのだが?
沈佳[女尼]>私は今日、この映画を初めて見たのですが、とても感動しました。でも最後の20分のところで出なければならず、とても残念でした。私は映画の中で綺麗に写っていると思うし、あの衣装を着たシーンがあるからそれで十分だと思います。
■ニュースで流れる金門島のこと、聞こえてくる爆発音については?
李監督>金門島のニュースは当時の時代背景を表す要素としてとても重要です。1979年に起こったことです。
町で爆発音が聞こえてくるのは、あそこはセメント工場や炭坑がある工業の町です。だから炭坑の爆発音などが聞こえてくるのです。映画の雰囲気を出すための効果を狙って、あのような音を入れています。
映画の中では化粧もせず、地味な雰囲気だった沈佳[女尼]でしたが、この日は白のドレスで眩しいほどに美しかったです。写真を撮ることができなかったので、その場の様子が見たい人は沈佳[女尼]のブログに載ってる写真をご覧ください。
12年もともにしてきたと語っている李監督と李薇は、長年仕事をしているだけでなく、夫婦なのだそうです。
別なインタビューでは、東京の観客は映画のエンドロールがすべて終わってから拍手をするのが印象的だったと語っていました。観客が感動したというのを聞いて、とても感激したとのことです。
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