第8回東京フィルメックス トークイベント「中国ドキュメンタリー映画の現在」
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トークイベント「中国ドキュメンタリー映画の現在」
[2007.11.24 有楽町朝日ホールにて]

藤岡朝子さん、于広義監督、(通訳)、朱日坤さん
24日午後、「中国ドキュメンタリー映画の現在」と題されたトークイベントが開催されました。
今年のフィルメックスで唯一コンペティションに出品されたドキュメンタリー映画『最後の木こりたち』の監督である于広義監督と、中国で数多くのドキュメンタリー映画に関わっているインディペンデント映画プロデューサーの朱日坤さんをゲストに向かえ、山形国際ドキュメンタリー映画祭のコーディネーターである藤岡朝子さんが進行するかたちで進められました。
(録音しているわけではないので、大まかな内容に過ぎません。ご了承ください。)
■中国のドキュメンタリー映画の歴史は、ここ15年くらいと言われています。その前はテレビ局などが製作した、政府の見解にそった内容で、紙芝居のようにナレーションがたくさん入ったものでした。この5,6年のデジタル技術の普及によって、個人で撮ることができるようになってから大きく変わったのではないでしょうか。
于監督は版画作家をしていたと聞いていますが、版画とドキュメンタリー映画に繋がりはあるでしょうか。版画で表現できなかったことがドキュメンタリー映画で表現できるのではないですか?

于監督)はい。私は版画家で、棟方志功など日本の版画も好きです。ただ版画の表現には限界があるので、ドキュメンタリーを撮るようになりました。
今は山の中に自分の小屋を建てて、そこに住み、長期間かけて撮影をしています。2本目は狩人をテーマにしたもので、これはすでに撮り終わっています。3本目も撮り始めていて、これは土着の民間信仰に関するものです。

■黒龍江省で他にドキュメンタリーを撮っている人はいますか?

于監督)今は私一人です。
朱日坤)黒龍江省出身の人はいますが、現地で撮っている人はいません。

■監督にとって、故郷で撮ることは重要でしょうか。

于監督)とても重要です。よく知っているところなので、そこにいると私が監督であることを忘れて、皆が親戚のように接してきます。

■映像のスタイルとして、今はナレーションの無いものが中国では多いのですが、このような形にしたのは何故ですか?

于監督観客を映像の世界に連れて行き、見せたい。そう思って作りました。映画の手法でありたかったんです。

■長期間かけて撮るというのが、とてもいいですね。
山形国際ドキュメンタリー映画祭では、過去3回連続で中国の作品が大賞を獲っていて、ドキュメンタリー映画の躍進が見られます。朱日坤さんは映画を上映する立場として、海外の映画祭に出品したり、また映画については中国で一番といわれているfanhall.comというウェブサイトを運営したり、DVDのレーベルを作って発売したりしています。そういう方から見て、今の中国の環境は如何でしょう。

朱日坤)山形の映画祭にたくさん出ているように、中国のドキュメンタリーは海外の映画祭に出ることで普及しています。このようにたくさん出ている理由としては、デジタルビデオ(DV)の普及が確かに大きいです。コストが低く、技術的にも容易で、個人で編集が可能だからです。ただ、それだけではなく、情報の伝播が変わってきたことが重要です。インターネットや双方向の通信など、いろんなものが出てきて、自由度が高まっているということです。

作り手にとって、たくさんの観客がいることは励みになると思いますが、中国では観客の状況はどうなのでしょうか。

朱日坤)90年代末から変化がありました。そのころにVCDが出てきて、海賊版などを通じていろいろな映画を知るようになったのです。それから映画を見るサークルのような団体が出てきて、台湾や香港などをはじめ、海外の作品を見るようになりました。その後インディペンデント映画が出てくると、監督を呼んで討論会をしたり上映会をしたりするようになりました。2000年ごろから北京、上海などの大都市で始まり、今は各地に広がっています。

■中国の作家は、他の人の作品も見ているのですか?

于監督)海賊版がたくさんありますから、世界各地のものが見られます。

■見る機会も多いなら、作り手が増えるのも納得ですね。中国では、元々芸術家や学者、女優だった人など、出身が様々なのが特徴的です。
今回のフィルメックスのように、コンペ部門で『最後の木こりたち』と『ヘルプ・ミー・エロス』のような作品が一緒に上映されるというのも面白いですね。


朱日坤)最近の作り手についてですが、電影学院出身の専門の人も多いのですが、芸術家などがより多いです。例えば山形の映画祭で大賞を獲った王兵は、元々は美術を学んでいました。後に北京電影学院にも通いましたが、基礎を学んだだけに過ぎません。
賈樟柯の『東』にあるように、今世界的に中国の絵画が盛り上がっていて、その中には映画を撮る人も増えています。現代絵画家やパフォーマンスをする芸術家など、多くの人が映画、それもドキュメンタリーを撮っています。
交流に関して言うと、国内の映画祭で、その規模は様々ではありますが、互いに討論したりして、交流しています。例えば「黄牛田」というグループがあり、これは私も参加しているのですが、電話やメールでしょっちゅういろいろなことを討論しています。時には強く相手を批判することもあるのですが、これはとても重要なことだと思います。
80年代に、芸術や思想の分野がこのような賑わいを見せたことがあるのですが、今のドキュメンタリーの姿はその頃に似ているという人もいます。

■朱日坤さんは参加しているなんて言っていますが、実は朱日坤さんこそが「黄牛田」の黒幕だという話もあります。みなさん、見かけに騙されちゃいけませんよ。

朱日坤)いやあ、そんなことないですよ。みんな対等でやってます。

■于監督も
参加するといいんじゃないですか。

于監督)そうですね。中国に帰ったらすぐ参加します。

あまり時間がなく、突っ込んだ話を聞くことができなかったのがやや心残りのトークイベントでした。
于監督はこれが初作品ながら、ソウルのデジタル映画祭で大賞を獲り、フィルメックスが終わって中国に帰った後は、2日後にアムステルダムの映画祭に行くというほどに、世界各地から注目を集めている人です。また、芸術家出身で映画を学んだ経験がないというのも、今のドキュメンタリー作家の典型的な例であるといえます。
また朱日坤さんは、彼なくして今の中国インディペンデント映画は成立しないと思われるほど、この世界を牽引している大人物。まだ若いけど、実は凄い人なのです。
冒頭の話にあったように、中国のドキュメンタリー映画の歴史はここ15年ほどと言われていますが、その中で山形国際ドキュメンタリー映画祭が果たしてきた役割は大変大きく、切り離して考えることはできません。ある意味、山形が中国ドキュメンタリー映画の発展に寄与し、それを見届けてきたと言えるでしょう。
そういう意味で、今回のトークイベントのメンバーはまさに中国インディペンデント映画界の縮図であり、このような顔合わせが東京で、観客を前にして行われているというのが、私たちにとってとても大きな意味を持っているのではないかと思います。
中国ドキュメンタリー映画の発展を願うと共に、その目撃者でありたいと、イベントを見ながら思いました。

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