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『青春期』 ティーチイン
[2006.10.27 TOHOシネマズ六本木ヒルズにて]
左から (司会)、唐大年監督、田原、脚本の趙趙、プロデューサー氏
東京国際映画祭・アジアの風部門で上映された『青春期』。
上映終了後に唐大年監督、主演の田原をはじめ、計四人のゲストを招いてのティーチインが行われました。

まず、一人ずつに挨拶を兼ねて司会からの質問。
(監督へ)東京の印象はいかがですか?
唐監督>実は表参道などこの近くを歩いただけで、まだあまりいろんな所を見てはいないんです。

(田原へ)今は現役の大学生だそうですが、高校生のころはどうでしたか?
田原>今は大学生で、それももうすぐ卒業ですから、もう高校を卒業してからだいぶたちます。
高校の頃と大学に入ってからでは、かなり違いますね。武漢で高校に通っていた頃は、朝7時から夜8時までずっと勉強してました。進学校だったし、かなり窮屈な高校生活でした。今はだいぶ違います。

(脚本とプロデューサーの発言は割愛)

続いて観客からの質問。
日本の若者の印象を聞かせてください。
唐監督>日本の若者は若いです[日本的年軽人很年軽]。(ゲスト一同苦笑)
あまり気をつけて見てはいないですが、日本の若者はみな生き生きしてます。それに比べると中国の若者方が年をとってるように見えますね。

映画の中では家族が描かれていませんが。
唐監督>描きたかったのは若者たちの内心です。人と人との関係の中での、若者の心の成長のプロセスと、起こる複雑な事態に対して悩みながら成長していく姿を描きたかったのです。なので、家族までは言及してません。

田原のファンで、ブログを見ています。映画の中でブログにあったのと同じ写真が出てきましたが、あれは映画のために準備した写真ですか?
田原>もしあなたが中国語を理解できたら、私のブログをもっと楽しめると思います。ブログにはいろんな面白いことを載せています。
あの写真は、撮影の合間に私と浦蒲が撮ったものなんです。こうして(動きを再現してみせながら)地面にカメラを置いて撮りました。(おそらくこの写真のことです。)
その写真を監督が気に入って、映画で使おうということになって、喜の部屋の壁に貼りました。




今回のティーチインはゲストが多かったこともあり、以上で時間となって終了しました。
田原は連日の寝不足から、かなり眠そうにしていましたが、ブログの質問に答えるときは楽しそうでした。


これだけでは物足りないので、26日に行われた『八月的故事』のティーチインの模様も合わせてお伝えします。
ただし、こちらは大雑把な紹介です。本当はもっといろいろな話が出たのですが、諸事情により一部だけです。ご了承ください。



『八月的故事』 ティーチイン
[2006.10.26 TOHOシネマズ六本木ヒルズにて]

左からプロデューサー、藤岡竜雄、田原、(通訳)、ヤンヤン・マク監督

作品について
ヤンヤン>この作品はもともとテレビドラマとして作ったのですが、非常に欲張って作っているうちに62分の作品に仕上がったので、映画にしようということになりました。


監督から見て田原はどんな女優ですか? また田原から見てヤンヤン・マクはどんな監督ですか?
ヤンヤン>田原とは『蝴蝶』のときに出会って、今回は2度目です。彼女とは『蝴蝶』のときにすっかり友達になって、私の言いたいことも大体分かってくれるので、あまり注文をつける必要はありませんでした。むしろ藤岡さんやジャン・チャンには演技の経験がなかったので、そちらのほうに時間を割いていました。
田原>わたしも同じです。監督とは音楽を通じて出会って、『蝴蝶』の撮影のあいだに友達になりました。70%は言葉がなくても言いたいことが伝わります。監督は演技だけでなく、音楽や美術やいろんなことに関わらなければいけないので、私はむしろやりたいようにさせてもらったという感じです。


音楽について教えてください。
ヤンヤン>普通の映画では、編集が進んだ段階で音楽を入れることになるんですが、今回の作品では既存の曲を使っていて、曲のイメージは最初からありました。例えば王菲の曲(冒頭で田原が口ずさむ『紅豆』)や、イギリスのアーティストの曲などです。また藤岡さんから誕生日プレゼントでもらったCDから使った曲もあります。
藤岡>誕生日にあるアーティストのCDをプレゼントしたんです。映画でその曲を使ってくれたときは嬉しかったです。もともとヤンヤンとは音楽を通じて出会っているんです。

■田原の音楽が好きです。
田原>日本に私の音楽を聴いてくれる人がいて嬉しいです。私はもうずいぶん音楽活動から離れていましたが、今新しいアルバムを作っていて、来年発売する予定です。

■音楽活動と女優業の両立は?
田原>音楽活動も偶然に始めたことで、また女優もたまたま私の曲をヤンヤンが聞いたことから偶然始まったことです。それが、思いもよらずに賞をもらいました。
最初のレコーディングのときは、よく分からないままやっていたという感じでした。
演技ではいろんな役をやっていますが、特に計画は立てていません。自分の好きなことをやっているだけです。撮影中は、演技に集中するために、音楽活動など他のことはしないようにしています。

■藤岡さんのデビューのいきさつを教えてください。
藤岡>もともと日本で生まれて、アメリカに渡り、それから香港に行きました。香港でライブをしているときに、客で来ていたヤンヤンと知り合いました。映画はもともと好きで、自分が作品の一部になるということへの好奇心から映画に出演しました。
今は台湾で俳優をしていて、作品は上海で撮影しています。

■日本人をなぜ香港の大陸人という役で起用したんですか。
ヤンヤン>最初のストーリーではみな香港人だったのですが、二人の広東語が上手ではないので、大陸から香港に移住した人という設定にしました。

音楽にこだわった作品で、出演者もミュージシャンということもあり、音楽の話で盛り上がったティーチインでした。
広東語や普通話を英語にし、それを日本語に直すので、4つの言語が飛び交っていました。また、通訳は一人しかおらず、ヤンヤンと田原の両方に通訳するのは困難だったため、藤岡竜雄が通訳に代わって田原に訳していました。

会場を出た後、サインや写真をねだるファンたちに一人ひとり答えていた田原。写真を撮らせてほしいというと、快く笑顔で取らせてくれました。感謝。





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